バイデン政権移行直前

警視庁に新設されたばかりの外事第四課に情報が飛び込んで来た。
イスラム過激派の動向を追跡したところ、ロンドンに外務省職員として出向した一等書記官から連絡が入った。

「林先輩、すぐに公総に連絡して本庁の理事官にも報告して貰いたいんですけど、アメリカの楽天党と世界イスラム聖戦が繋がって居る様なのです」
楽天党と言うとアメリカの極左政党ですね。火事場泥棒の様に共和党から政権を奪い取った極左政党だ」
外四の課長は電話口に答えた。

緊急に本庁警備企画課で公安の会議が開かれた。
「やはり予想して居た通り、思想的背景は関係無く楽天党は情報網構築の為だけに世界イスラム聖戦と組んだと言う事ですね。もっと共和党を支援すべきだったのに世界各国の政治的努力が小さかった」
理事官は怒りを押し殺して話した。
「公総で緊急に編成を組む事は可能ですか?」
「はい。ただ、突発の事態なので公総と外四だけでは人手が足りません。視察を組むのであれば、うちに対し他県からも集中運用を御願いします」
理事官は田中元部長の追跡責任者に向いて尋ねた。
「岐阜に出した応援はまだ戻せませんか?」
「視察対象者が多く、解析にまだかかります。すぐに戻すのは不可能です。北海道のハムが使えそうですが」
理事官は否定した。
「いや、北海道はまだ捜査事故が多いので信用出来ません。ハムの直接の捜査事故はありませんが、交通事故で死者がこれだけ立て続けに出るのは、所轄と本部の所管部署としての警備責任問題ですからね。北海道の班を外事に突っ込ませると、今の北海道警じゃ何をされるか分かりませんよ」
「理事官、宜しいですか」
公安部のサイバー攻撃対策センターの警視が発言した。
「うちの班を使われて下さい。今時、外事的事案はサイバーの技術でかなり解明出来るので、少人数でも作業の穴は挽回出来ますよ」
理事官はまだ新しい公安部のサイバー部門の責任者の発言に期待を寄せた。
「宜しく御願いします」

「理事官、トランプ大統領に批判的な連邦捜査局のマスターズ総指揮官の一派が楽天党に合流する様な動きを見せて居るそうです」
外四課長からの報告を受けた理事官は電話をとり、ワシントンコロンビア区に出向させた外務省の一等書記官に連絡を取った。

「山田です。マスターズ総指揮官周辺の関係者に視察を願います」
「流石に海外の要人に企画の独断で視察はまずいのでは?」
「構いません。首脳部が動かないなら、官邸レベルで共和党を援護しなければなりません。官邸の本庁に対する支持は取り付けてありますので、トランプ大統領とポンペオ国務長官をおとしめる行為を何としても突き止めて報告して下さい」

ワシントンコロンビア区には、警察庁から内村警視正が出向した。警察庁拝命十五年目で、帰国後は県警本部警務部長か小規模県の県警本部長に異動する事になって居る。
「インターネットを駆使して下さい。ツイッター楽天党の手先なので、インスタグラム、フェイスブック、ユーチューブも活用するのです。とにかく今はありとあらゆる媒体が狂気に踊ろされて正常に中立性が保てなくなって居ます。こんな混乱の中で楽天党に政権移行すると、最悪、第三次世界大戦になりかねないですよ」
「確かに最近は保守派の灯台となって居た産経新聞まで共和党に批判的な論調ですからね。テレビはテレビ東京以外、報道の中立性はないがしろにされて居ますし」
共和党に批判的なのは民主主義の観点から言って問題は無いですが、中立性が全く担保されて居ないのが異常なのですよ。これが世界規模でまかり通って居る。昭和16年ルーズベルトによる内政干渉より深刻な事態です。この視察が失敗すれば本当にアメリカは分裂します。その時、日本が東海岸の赤に付くのか共和党を味方するのかで、今後の我が国の指針の百年間を左右する事になるのです。出来れば中立的な選挙と報道を出来るところまで持って行きたいですが、最悪の場合は、日本が生存出来る手段を模索する使命も我々には課されて居ます。そう言う気持ちで作業に当たって下さい」

本庁警備企画課 作業別室

アメリカ班が動き出しました。これでもう反トランプとは警備企画課も対立状態になったわけです」
理事官は緊張を隠さず話した。
「話によると、アメリカでは連邦捜査局だけで無く中央情報局も反トランプに回って居るそうです」
「あの国ではもう味方は我々しか居ないのか」
理事官に呼ばれた篠塚は答えた。
アメリカ空軍ならば保守派が動いてくれると思います。歴史的に空軍の思想的背景は愛国主義が特に強いですから」
「コネクションはあるのですか?」
「コネクションも何も、向こうの将軍には若手の頃に借りがあるんですよ。脅かしてでも手伝わせてみせます」

篠塚はその日、東京大学近くで学生と落ち合った。
今でも東大周辺は警視庁公安一課と本庁の警備局が視察地点を置いており、学生の極左を秘密裏に追跡して居る。

北海道出身の四年の学生は苦学生である。
篠塚は捜査費の他、ポケットマネーから莫大な金を投じて学費を工面して、学生の事は完全に懐柔して居た。
「学業の方は順調ですか?」
「はい。御陰様でこの春には卒業出来ます」
「就職先は決まって居ますか?」
「大学に残ろうと思って居ます」
篠塚はおもむろに書類を差し出した。
「向こうで使う身分証と当面の生活費、住まいと主要地点の所在地の地図、作業費ですよ。協力して貰えますか?」
「勿論です。祖国の安全を守る為ですから」